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| *創業明治35年* |
| 明治35年(1902年)、長崎街道(別名:シュガーロード)は牛津の宿場町で弊社創業者友田桝吉は当時非常に貴重だった砂糖を使って、当時の最先端商品であるお菓子やラムネの製造事業を開始している。これは、日本国内でラムネが作られはじめてから10年ほどのころであり、日本における清涼飲料の草創期にあたる。社名の「友桝」は、創業者・友田桝吉の名前を略したもの。新しもの好きだった桝吉の性格と、砂糖の入手が比較的容易であったという立地条件が幸いしたようである。創業当時は手動式の機械を使って製造し、人力車に積み込んで、周辺の小売店や民家に売り歩いた。もの珍しさから人気を集めて事業の滑り出しは順調だった。 |
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| *昭和初期* |
ところが、戦争で事態は一変。鉄でできていた製造用の機械は軍に供出させられ、初代桝吉が死去。跡継ぎの2代目軍平も戦地に赴き、飲料の製造はできなくなった。
戦後、軍平が復員。砂糖、炭酸ガス、酒石酸等の原料の確保はなんとかできたが、肝心の製造機がない。探しまわった末、兵士たちののどを潤すために軍艦に載せられていた機械を買い受けることに成功。昭和22年(1947年)、製造再開にこぎつけた。
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| *サイダーの歴史と栄枯盛衰* |
昼間は販売にまわり、夜製造して、工場の片隅で睡眠をとる生活。三輪自動車を手に入れ、伊万里や唐津まで足を延ばすなど販売エリアを県内一円に広げたがなかなか売れない。「あのころはみんなそうだったが、私も死にものぐるいだった」(2代目:軍平談)
60年代、ようやく軌道にのったところに、国内飲料業界にとって“黒船”ともいうべき“コーラ”が上陸した。ストレートな味わいのラムネ・サイダーに比べてコーラは初めこそ「薬くさい」などと言われたが、アメリカ文化のかっこ良さで人気に。一方で戦前には県内に28軒あった同業社が次々に姿を消していった。
そんなある日、軍平は郵便を届けに来た配達員を見て「サイダーを宅配したらどうだろう」と思いつく。季節感の強いラムネと違って年間を通して販売できるサイダーの宅配事業を昭和42年(1967年)開始した。重たいビンを自宅まで届けてくれるとあって大好評。それまでは年間20万本にすぎなかったサイダーが300万本の大ヒットとなった。
しかし、その後は飲料の多様化、缶・PET容器の需要拡大、流通チャネルの変化等の時代の流れのなかで、ビン入りサイダーの需要は年々減少し、最近では最盛期の1/100程度にまで落ち込み、従来からの地元のお客さま専用として特別に数量限定して製造する状況が続いていた。 |
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| *スワンサイダー復刻版* |
平成17年(2005年)、戦前から販売していた「スワンサイダー」を復刻発売。創業以来一貫してこだわってきた上質砂糖のみを使用し、弊社オリジナルの香料、そしてなにより今ではほとんどなくなってしまった瓶入り王冠で強めの炭酸を実現し“昭和の味”を徹底して再現しました。上質砂糖に強い炭酸という昔ながらの製法により、喉越しの良さと、すっきりした後味がお楽しみいただけます。
また、昭和初期より使用している弊社オリジナルのロゴを復活させ、薄い青色の瓶にレトロ風のラベルと、パッケージ・デザインにまで徹底的にこだわって、全国のお客さまへご案内できるようになりました。
昭和のサイダーの味を今に伝える友桝飲料の「スワンサイダー」を是非御賞味下さい。
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